目次: GCC
前回(2020年3月6日の日記参照)はレジスタ制約(register_constraints)を追加しました。これだけでは何もできませんので、今回はベクトルレジスタの定義を追加してみます。長そうなので分割して書きます。
RISC-Vには汎用レジスタ(GP_REGS)と浮動小数点レジスタ(FP_REGS)が既に定義されているため、それらを参考にします。
変更するファイルはgcc/config/riscv/riscv.c, riscv.hです。FP_REGくらいで検索すると、下記の関数、マクロに名前が見当たりますので、真似して追加します。(詳細は パッチファイルもご覧ください、内容の正しさは全く保証できませんけど)
// gcc/config/riscv/riscv.c
riscv_regno_to_class[FIRST_PSEUDO_REGISTER] //32個レジスタを足す
riscv_hard_regno_nregs //どのマシンモードでもレジスタを1つだけ使う、よくわからん、また今度調べる
riscv_hard_regno_mode_ok //どのマシンモードでも許可する、よくわからん、また今度調べる
riscv_class_max_nregs //どのクラスでもレジスタを1つだけ使う、よくわからん、また今度調べる
// gcc/config/riscv/riscv.h
FIRST_PSEUDO_REGISTER //32個分ずれてもらう
FIXED_REGISTERS //32個足す、今回は0にした、固定された役目(スタックポインタなど)はない
CALL_USED_REGISTERS //32個足す、今回は0にした(関数呼び出しにより内容を破壊されない、s0 - s11と同じ扱い)
enum reg_class
#define REG_CLASS_NAMES //新たなレジスタクラスを足す
#define REG_CLASS_CONTENTS //後述する
#define REG_ALLOC_ORDER //レジスタの割当順、レジスタ番号で指定する
#define REGISTER_NAMES //レジスタの名前
#define ADDITIONAL_REGISTER_NAMES
初歩の初歩的な変更の割に必要な変更点はかなり多いです。どの変更が何に効くか完全にわかっていないので、合っているかわかりませんし、説明し難い変更もあります。後日、要調査ですね。
変更した中のriscv_regno_to_classをみるとFIRST_PSEUDO_REGISTERというマクロが出てきます。GCCはレジスタを2種類使い分けていて、レジスタ番号で区別できます。
正式な名前がわからない(※)ので、名付けは適当です。GCCはRTLのフェーズで命令の引数にレジスタを割り当てます。その際、いきなりメモリや物理レジスタを割り当てるのではなく、まず疑似レジスタを割り当てます。
疑似レジスタには数の制限がないので、最初の方の最適化パスで必要なだけ割り当てます。その後の最適化パスで物理レジスタや、メモリにうまく割り当てを考える二段構成になっています。
今回は32個の物理レジスタを足そうとしているので、FIRST_PSEUDO_REGISTERにも32個分だけズレてもらう必要があります。
今回の変更の要はREG_CLASS_CONTENTSです。このマクロの効き目についてはまた今度。
(※)GCCのヘンテコなマクロの意味を調べる際、GCC Internals(HTML版へのリンク)が大変参考になるのですが、この文書は用語の説明がイマイチ甘くて、正式な用語がわかりません。いつも困ります……。
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レジスタ追加の変更の要はREG_CLASS_CONTENTSです。このマクロは32ビット整数の配列で、各レジスタ番号がどのレジスタの仲間(enum reg_class)に属するかを指定するテーブルです。こんな風に変更します。
#define REG_CLASS_CONTENTS \
{ \
- { 0x00000000, 0x00000000, 0x00000000 }, /* NO_REGS */ \
- { 0xf003fcc0, 0x00000000, 0x00000000 }, /* SIBCALL_REGS */ \
- { 0xffffffc0, 0x00000000, 0x00000000 }, /* JALR_REGS */ \
- { 0xffffffff, 0x00000000, 0x00000000 }, /* GR_REGS */ \
- { 0x00000000, 0xffffffff, 0x00000000 }, /* FP_REGS */ \
- { 0x00000000, 0x00000000, 0x00000003 }, /* FRAME_REGS */ \
- { 0xffffffff, 0xffffffff, 0x00000003 } /* ALL_REGS */ \
+ { 0x00000000, 0x00000000, 0x00000000, 0x00000000 }, /* NO_REGS */ \
+ { 0xf003fcc0, 0x00000000, 0x00000000, 0x00000000 }, /* SIBCALL_REGS */ \
+ { 0xffffffc0, 0x00000000, 0x00000000, 0x00000000 }, /* JALR_REGS */ \
+ { 0xffffffff, 0x00000000, 0x00000000, 0x00000000 }, /* GR_REGS */ \
+ { 0x00000000, 0xffffffff, 0x00000000, 0x00000000 }, /* FP_REGS */ \
+ { 0x00000000, 0x00000000, 0xffffffff, 0x00000000 }, /* VP_REGS */ \
+ { 0x00000000, 0x00000000, 0x00000000, 0x00000003 }, /* FRAME_REGS */ \
+ { 0xffffffff, 0xffffffff, 0xffffffff, 0x00000003 } /* ALL_REGS */ \
}
↑ここの3列目を足した
行方向は、ビットフィールドになっており非常にわかりにくいです。0要素目の0ビット目、0要素目の1ビット目、…という順に見ます。整数内では右から左(右が上位ビット)、要素間では左から右(左が0要素目)に見ます。
列方向はenum reg_classの整数値と一致しますのでさほど難しくはないでしょう。
行と列の意味 →→ 行方向、レジスタ番号(0〜FIRST_PSEUDO_REGISTER - 1まで) ↓ ↓ 列方向、enum reg_classを整数に直したもの 行方向の見方 例えば3行目(GR_REGS)がこうなっていたとすると、 { 0x0000000f, 0x0000000c, }, - 0要素目(レジスタ番号0〜31のクラス): 0x0000000f - 0, 1, 2, 3ビット目が1 = レジスタ番号0〜3はGR_REGS - 他のレジスタについては言及しない - 1要素目(レジスタ番号32〜63のクラス): 0x0000000c - 2, 3ビット目が1 = レジスタ番号34〜35はGR_REGS - 他のレジスタについては言及しない
ALL_REGSは全レジスタに1をセットしますので、ビットフィールドのルールがわかりやすいと思います。今回はレジスタが98本なので、3要素(32 * 3 = 96)+ 最後の要素は2ビット分だけ1にセットしています。
今回はVR_REGSという新たなレジスタクラスを足したいので、行が一つ増えます。レジスタの総数も増えるので、列方向も増えます。ちょうど良いことに新規に追加するレジスタは32本なので、整数1要素分を増やすだけです。
このマクロは直接使用されるわけではなく、別の配列にコピーされます。
// gcc/reginfo.c
static const unsigned int_reg_class_contents[N_REG_CLASSES][N_REG_INTS]
= REG_CLASS_CONTENTS;
...
/* Function called only once per target_globals to initialize the
target_hard_regs structure. Once this is done, various switches
may override. */
void
init_reg_sets (void)
{
int i, j;
/* First copy the register information from the initial int form into
the regsets. */
for (i = 0; i < N_REG_CLASSES; i++)
{
CLEAR_HARD_REG_SET (reg_class_contents[i]);
/* Note that we hard-code 32 here, not HOST_BITS_PER_INT. */
for (j = 0; j < FIRST_PSEUDO_REGISTER; j++)
if (int_reg_class_contents[i][j / 32] //★★ここで参照している
& ((unsigned) 1 << (j % 32)))
SET_HARD_REG_BIT (reg_class_contents[i], j);
}
// gcc/reginfo.c
struct target_hard_regs default_target_hard_regs;
// gcc/hard-reg-set.h
#if SWITCHABLE_TARGET //★★x86, ARM, MIPSなどはSWITCHABLE_TARGET = 1, RISC-Vは0のようだ
extern struct target_hard_regs *this_target_hard_regs;
#else
#define this_target_hard_regs (&default_target_hard_regs)
#endif
#define reg_class_contents \r (this_target_hard_regs->x_reg_class_contents)
難しそうに見えてやっていることはint_reg_class_contentsからdefault_target_hard_regs->x_reg_class_contentsへビットを移し替えているだけです。違いはint_reg_class_contentsが必ず32ビット幅であるのに対し、x_reg_class_contentsはアーキテクチャ最速の整数幅(x86_64なら64bitになるでしょう)である点です。
個人的には可読性を殺してまでやる意味あるの……?と疑問ですが、きっとGCC内で頻繁に呼ばれ速度的に重要なポイントだったのでしょう。
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インラインアセンブラで "v" constraintsを指定すると、何も実装していない場合はimpossible constraint in 'asm' と怒られました。レジスタのconstraintsだけ足すとinconsistent operand constraints in an asmと怒られるはずです。エラーをチェックしている箇所は、
static bool
curr_insn_transform (bool check_only_p)
{
...
if (process_alt_operands (reused_alternative_num)) //★★これが成立してalt_p = trueが期待値だが
alt_p = true;
...
if (! alt_p && ! sec_mem_p)
{
/* No alternative works with reloads?? */
if (INSN_CODE (curr_insn) >= 0)
fatal_insn ("unable to generate reloads for:", curr_insn);
error_for_asm (curr_insn,
"inconsistent operand constraints in an %<asm%>"); //★★ここに到達しエラーが出る
lra_asm_error_p = true;
/* Avoid further trouble with this insn. Don't generate use
pattern here as we could use the insn SP offset. */
lra_set_insn_deleted (curr_insn);
return true;
}
...
このcurr_insn_transform() 関数はやたら長くて(700行)訳のわからない構造です。うまく行く場合(rなどを渡したとき)を観察すると、alt_pがtrueになるのが期待値と思われます。幸いなことにalt_pの設定は一箇所だけ、条件もprocess_alt_operands() 関数だけです。
そう思ってprocess_alt_operands() 関数を見ると、これがまたもの凄い実装で、目を覆いたくなります(1200行!!)。GCC見ていると、クソコードには事欠かないです。これはひどい。
コードの一部を抜粋しても全く意味不明で、そもそもこの関数自体がかなりゴチャゴチャで意味不明です。全て追うのは不可能です。なので"r" がどの辺りを通るかをもって、当たりを付けました。下記のところが分岐点になっているようです。
static bool
process_alt_operands (int only_alternative)
{
...
do
{
//★★pは "=&v" が入っていて、cに先頭から一文字ずつ取って解析している
switch ((c = *p, len = CONSTRAINT_LEN (c, p)), c)
{
case '\0':
len = 0;
break;
...
default:
cn = lookup_constraint (p); //★★ 'v' に対しては、CONSTRAINT_vが返る
switch (get_constraint_type (cn))
{
case CT_REGISTER:
cl = reg_class_for_constraint (cn); //★★CONSTRAINT_vに対してはVP_REGSが返る
if (cl != NO_REGS)
goto reg; //★★このジャンプで飛ぶ
break;
...
reg:
if (mode == BLKmode)
break;
this_alternative = reg_class_subunion[this_alternative][cl];
this_alternative_set |= reg_class_contents[cl]; //★★どこかでみたreg_class_contentsが登場
if (costly_p)
{
this_costly_alternative
= reg_class_subunion[this_costly_alternative][cl];
this_costly_alternative_set |= reg_class_contents[cl];
}
winreg = true;
if (REG_P (op))
{
if (hard_regno[nop] >= 0
&& in_hard_reg_set_p (this_alternative_set,
mode, hard_regno[nop])) //★★これが成立しない
win = true; //★★少なくともwin = trueにならないと関数が失敗を返す(条件は他にもあるが)
else if (hard_regno[nop] < 0
&& in_class_p (op, this_alternative, NULL))
win = true;
}
break;
}
...
}
while ((p += len), c); //★★基本は次の文字に行くが、スキップすることもある模様
どこかでみたアイツです。このエラーはreg_class_contentsを見に行った結末に起きているようです。
REG_CLASS_CONTENTSを正しく設定すると、下記のコードがコンパイルできるはずです。雰囲気を出すためRISC-Vのベクトル命令を書いていますが、ぶっちゃけコンパイラは命令を全く見ないので、実はabcdでも何でも通ります。コンパイルのみ(*.sを出力)であればアセンブラすら要りません(※)。
// a.c
void _start()
{
int b[100];
int v;
__asm__ volatile ("vlw.v %0, %1\n"
: "=&v"(v) : "A"(b[10]));
}
ビルドして、逆アセンブルしてみます。
$ riscv32-unknown-elf-gcc -Wall -g -march=rv32gcv -mabi=ilp32f -nostdlib -O2 a.c $ riscv32-unknown-elf-objdump -drS a.out a.out: file format elf32-littleriscv Disassembly of section .text: 00010054 <_start>: void _start() { 10054: 7165 addi sp,sp,-400 int b[100]; int v; __asm__ volatile ("vlw.v %0, %1\n" 10056: 103c addi a5,sp,40 10058: 1207e007 vlw.v v0,(a5) : "=&v"(v) : "A"(b[10])); } 1005c: 6159 addi sp,sp,400 1005e: 8082 ret
それらしきベクトルレジスタ(v0)が出力されているようです。めでたし、めでたし。と言いたいところですが、実は全然ダメです。
まだまだ改善の余地があります。これも今後、調べていこうと思います。
(※)もしアセンブルまで実行したければ、RISC-VのGitHubにあるbinutilsを使ってください(GitHubへのリンク)。ビルド方法はUpstreamのコードとほぼ同じ(2019年4月19日の日記参照)です。唯一の違いはconfigure時に --with-system-readlineを付けないと、readlineがないと言われてエラーになる点です。
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